青春モスコ
わたしがまだ20代のうら若き乙女だった頃の話。
その頃わりといい感じの男性がいて、週末よく2人で飲みに行っていた。
お互いに安い場末の居酒屋が好きなので店の趣味も合って楽しかった。
お目当てのお店が満席で、隣にあった学生御用達みたいな居酒屋に仕方なく入り席に通されると、隣のボックス席に大学生と思われる男子が二人いた。
片方はガタイがよくスポーツ系の気のよさそうな兄ちゃん。もう片方はアシンメトリーヘアで当時の流行最先端の3歩くらいあとを歩いていそうなファッションの文化系男子だった。
わたしたちのいるボックス席と大学生の兄ちゃんたちのボックス席は近く、お互いの会話が聞こえるくらいだったのでちょっと嫌だなあと思いつつも、まあ特に気にせずいつも通りビールを注文した。
飲みながら最近見た映画の話や仕事の愚痴などを言い合い、そこそこお酒が回ってきた頃。
隣の大学生たちの話し声があまり聞こえないことに気付いた。
彼と話しながら様子を伺うと、こちらの話に聞き耳立ててニヤニヤ笑ってるブッサイクな顔が見えたので、イラッとして10秒くらいガン見したらそそくさと自分たちの話に戻っていった。
見られたくらいでやめるんなら最初からやらなきゃいいのに。
居心地の悪さを感じたので、今飲んでいる酒を飲み干したら次の店に行こうと思った。
大学生たちは店員を呼び、酒を注文していた。
アシメ文化系男子がメニューを開き、「この店でいちばん強い酒ってなに?」と店員に聞いているのが聞こえる。
「うわ…」とは思ったけど、自分の学生時代を思い出すと、強い酒を飲める=カッコイイという価値観はまあ学生あるあるなので、なんとなく微笑ましいような、こそばゆいような気分で聞き耳を立てていた。
前を見ると彼も笑いをこらえていた。わかるぞその気持ちは。でもここは大人として、大学生の通過点を微笑ましく見守ろうではないか。
店員が迷ったのちに「コレですかね」と答えていた。チラッと盗み見るとウイスキーのメニューを開いていた。
どうする、アシメ文化系男子。頼んじゃうのか?
ドキドキしながら見ていたら、アシメ文化系男子はメニューをバタンと閉じて、「モスコ濃いめで」と言ったのだ!
もももももモスコ濃いめ?!
強い酒聞いておいてモスコ濃いめ?!
ダメだ面白すぎる。
わたしが言葉を発するより先に、彼が吹き出していた。
大学生たちは吹き出した彼のほうを見て、怒りと恥ずかしさが混ざった複雑そうな顔をしていた。
これ以上この場にいたら腹筋が崩壊してしまうし、それは彼らを傷つけてしまうことになる。
若者を傷つけるのは忍びない。わたしたちは逃げるようにしてその場を去った。
その夜はモスコミュールを濃いめで飲むことについて話が盛り上がり、楽しい時間を過ごさせてもらった。
まああまり馬鹿にするのも大学生たちに申し訳ないし、こうやってブログのネタにするのも少し罪悪感がある(ほんとに)。
その彼とはその後、彼のセフレから彼が裸で寝ている写真が送りつけられるという修羅場を経て音信不通になったので、それで溜飲を下げて欲しい。